水からトウモロコシを入れて、沸騰してから3分茹でる。
火を止め、辛いくらいの塩を入れて4分絡める。
ざるに上げたら、ラップですぐ包む。
注意 皮は茹でる直前に剥く。ラップで包む時は、火傷に注意。
うちでも試してみましたが、これはもう今まで僕は何をしていたんだろうと思うほどの出来上がり。トウモロコシの本気が味わえること間違いなしです。
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水からトウモロコシを入れて、沸騰してから3分茹でる。
火を止め、辛いくらいの塩を入れて4分絡める。
ざるに上げたら、ラップですぐ包む。
注意 皮は茹でる直前に剥く。ラップで包む時は、火傷に注意。
うちでも試してみましたが、これはもう今まで僕は何をしていたんだろうと思うほどの出来上がり。トウモロコシの本気が味わえること間違いなしです。
自分がお金を払って買う雑誌は、今だとせいぜい「ムー」ぐらいなんだけれど、医局で当直していると、「週刊実話」だの、「DIME」だの、他の先生がたが置いていった雑誌が積んであって、普段だったら手に取ることはない、こういう本をパラパラめくると、けっこう面白い。自分が直接興味がある内容でなくても、そういうものに興味がある人がいて、それを面白がる人が書いた文章というのは、読んでみるとやっぱり、面白いから。
恐らくはたぶん、あえてお金をそれに支払ってまでは読みたくないけれど、あるならちょっと読んでみたい、というグレーゾーンの需要は、本当はけっこう大きいのだと思う。
「実話ナックルズ」だとか、「漫画大悦楽号」だとか、カストリ雑誌とか、三流劇画誌なんていわれたジャンルの血を引く雑誌はまだまだあって、こういうのを普段買う機会はないんだけれど、読めるものなら、ちょっとどころかぜひとも読んでみたかったりはする。ニューズウィークの英語版を読んでるようなエリートだって、当直室の片隅に、英語の論文雑誌と一緒に、こういうのが山と積んであったら、こっそりページをめくるだろうし。
「ちょっと読んでみたい」というのはしっかりとした需要なのに、ここを掘るのは難しい。スキャンダル雑誌みたいなのが、じゃあ1冊600円ぐらいするのを、たとえば100円に値下げすれば「ちょっと」が実現するかといえば、ふだんニューズウィークを読むような人は、やっぱり買わないだろうと思う。
こういうのをたとえば、電子書籍で、毎月一定の金額を支払ったら、そのサービスに登録してある雑誌を好きなだけ読んでいいよ、というようなサービスを展開してほしい。漫画喫茶を電子世界でやるのとだいたい同じだけれど、一定金額を支払って、何十種類かの登録された雑誌をダウンロードして、自由に読めるようなサービス。お金はどこかの会社が一括で集めて、雑誌ごとのアクセス数に応じて、集まったお金を配分するようなやりかた。
今みたいな「お試し読み」でない、雑誌のサービスパックみたいなやりかたは、恐らくは出版社ごと、ジャンルごとに、これから登場してくるのだろうけれど、できることなら、こういうのは、「固い」雑誌と、その対極にあるような、読むだけで頭が悪くなりそうな、そういう雑誌とを、ごっちゃにしてほしい。
鳩山首相の沖縄訪問にはどの新聞もテレビもおおいに戸惑っている。色んな表現はあるが、ようするに戸惑っているのである。なぜこの時期に沖縄を訪問したのか。誰が考えても名護の市長選の前、つまり昨年中に訪問すべきだった。更に、徳之島の三町長と会う前に徳之島への移転を言ってしまった。
なぜわざわざ9万人反対集会の後に訪問するのか。なぜ徳之島の1万5千人の反対集会の後に三町長と会うのか。矛盾だらけである。この矛盾だらけをなぜ鳩山さんがやってしまうのかと言う疑問。これを素直に言うのは幼稚すぎるとでもマスメディアは考えているのだろうか。
鳩山さんという人は、よほど育ちがいいのか、事前の根回しとか裏工作をやる気が全くないらしい。こんな首相は前代未聞である。仲井真知事も名護の市長も徳之島の三町長も呆れ返っているのではないか。ところが鳩山首相にはひるみも絶望感も全くない。これから何度でも沖縄を訪問すると言っている。
僕のような普通人には考えられないが、鳩山さんは全て真っ正面こそ誠意、事前工作や裏交渉などは不誠意だと考えているのではないか。常識的には無茶苦茶だが、意外に沖縄も徳之島も鳩山ペースに乗る。少なくとも宇宙人首相はこれしかないと思い込んでいるのだろう
http://twitter.com/namatahara/status/13403538166
http://twitter.com/namatahara/status/13403730614
http://twitter.com/namatahara/status/13403934483
http://twitter.com/namatahara/status/13404322390
社会は、人が社会において生きることを望むのであれば、
絶望せずに死ねるようにしなければならない。
その方法は一つしかない。
個々の人間の人生を無意味化することである。
■なんと、
人生に意味を与えると人は絶望して死ぬ。
というわけです。
誰しも人生に意味を与えたいですね。
俺がこの世に存在した意味は
・・・・だぞ~、とこの世をおさらばするとき
いいたいじゃないですか。
■しかしドラッカーは言います。
一人ひとりの人間が、人類と言う樹木の一枚の葉、
あるいは社会と言う肉体の一つの細胞に過ぎないとするならば
、死は死でなくなる。
集合的な再生の一つの過程に過ぎなくなる。
もちろん、その時人生もまた人生でなくなる。
それは、生命体のなかのひとつの機能的過程にすぎず、
全体との関連がなければ、
いかなる意味ももたない存在となる。
なんだか、東洋的無常観を感じさせますね。
■西洋の科学は個人に絶対の存在価値を置いた。
個人を社会と切り離した。
個人の存在の価値、人生に意味を与えた結果
絶望して死ぬしかない。
死は即すべての終わりになるから。
ドラッカーは偉大だ。。。。ドラッカーは読むほどマジカルだ。このような「経営本のグル」は今後もほとんど現れないだろう。まあ、ジョブスでもゲイツでもバフェットでもこういうところはあるけど。ドラッカーがサルトルとかハイデガーとかデリダとかルイアルチュセールとか交流してたらなにかすさまじいことが起こっていそうだと想像するだけでどきどきする。
(via toukubo) (via proto-jp)2009-01-18 (via gkojay) (via usaginobike)
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タイムマシン経営というのは、ソフトバンクの孫さんがネットバブルの頃に唱えていたキーワード。アメリカの最先端事例をコピーして日本にすぐに持っ てくれば、アメリカと日本には数年の時差があるのでそれによってあたかもタイムマシンで未来からサービスを持ってきたかのごとく、サービスを成功させるこ とができるというコンセプトだった。
ネットバブルの時代には、米国Yahooを参考にしたヤフージャパンの成功を筆頭に、イートレード証券など、複数の米国の成功モデルが日本に持ち込 まれたし、実際その後の日本のネットベンチャーの成功には、米国の成功モデルをブランドごと輸入して日本法人を立ち上げるパターンや、米国の成功モデルを 日本向けにコピーしたサービスが多い。
このようなタイムマシン経営を難しくしている要因として大きいのが、オープンなAPI公開の流れだろう。
YouTubeにしても、Twitterにしても、英語版しか提供されていなかったサービス初期の頃から日本のエンジニアが日本人向けのサイトや利 用環境を早期に構築してしまっていた。特にTwitterにおいては、2007年の段階で日本の携帯電話用のツイッターサービスであるモバツイッター(現モバツイ)がサービスを開始していたが、当時モバツイッターの開発はあくまで個人での実験的サービス。
個人でもAPIを上手く活用すれば、サービスのクローンが作れてしまうと言うのが、TwitterのAPIがいかにオープンかと言うことの証明だろ う(アメブロやmixiのiPhone版や中国語版、英語版を、海外の個人エンジニアが作ってしまえるという状況を想像してみてほしい)。
最近では、これにiPhoneアプリのようなグローバルなプラットフォームができてしまったことで、さらに世界同時リリース、同時ブレイクの流れが加速しつつある。いまや、タイムマシン経営の基盤になっていたサービス普及の時差がどんどん埋まりつつあるのだ。